『今夜、すべてのバーで』中島らも
アルコール依存症患者を通して、“依存”を。
そして、何かへ依存しなければ生きていけない人間の本質を書いている。
アルコール依存症なら肝臓に、身体に異常が出ることによりその依存に気が付き対処することが出来るが、
身体に異常の出ない依存ならどう対処していけばいいのだろうか。
今日も多くの人が知らず知らずのうちに何かに蝕まれている。
読了後まず口に出た感想は「よ、酔った、、、」
どうか皆様も中島らもに酔ってくださいませ。
今夜、すべてのバーで (講談社文庫) [ 中島らも ]
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『手紙』東野圭吾
読了後の何ともやり切れないこの想いを言葉で表現するだけの語彙力を持ち合わせていない事を残念に思う。
もし自分ならもっと上手く出来ただろうか、どうにか立ち回れただろうか。出来ていない。もし自分でも、筋書きを知った後でもどうすることも出来ない。
兄弟の話。兄は弟を想うがあまり強盗殺人を犯し、弟はそのせいで生活が一変する。
誰かが間違った事を言っていただろうか、間違った行為があっただろうか。誰も間違った事はしていない。
冒頭の兄の行為こそ法的に間違った行為であるが、それ以外はどれもが正しい、少なくとも自身や家族を慮った結果の想いや行為であり、誰も責められない。
それなのになぜこうもやり切れないのだろう。
いくら世界中でジョン・レノンが聴かれたところで世界は一つにはならない。
程度の差、形の差こそあれど人間は誰しもが自己中心的なのである。
自分のことだけを大事にするエゴがあれば、“相手を思いやる”ということもまたエゴであるのかもしれない。
他者と他者の間でそれぞれ主張する“正しさ”の押し合いにより相対的な“正しさ”を形成し絶妙なバランスで成り立つのが社会であり、その社会の中では差別でさえ正当化されてしまう。
正しさと相対するところに在るものは間違いではなく、また別の正しさ。社会は数学の問題とは違い絶対的な“正解”はない。
弟が社会の“正しさ”に押し潰されそうになりながら必死で生活する一方で、兄がただ一人能天気に手紙を書き続けているのはそんな社会とは隔離されている所にいるから。
その期間、兄にとっての正しさは自分自身の正しさただ一つ。そこには疑問も葛藤も生じ得ない。
突如突きつけられた弟からの“正しさ”。兄はどのような気持ちで受け止めたのだろうか。ラストシーンは心を打たれる。
東野圭吾氏の作品を読むのは初めてであった。重い内容だったが一気に読んでしまったのは作品に入り込ませるその文章力によるものだろう。
いつまでも本棚に置いておきたい本が1冊増えた。John Lennon氏のImagineを添えて。
手紙 (文春文庫) [ 東野圭吾 ]
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『鍵のない夢を見る』辻村深月
言わずと知れた直木賞受賞作です。
言わずと知れたと前置きしておきながらなんですが、初めて読みました。
辻村深月さんの作品がそもそも初めてだったため、まずは賞も取ってるこの本から始めよう、
と安直な考えから手に取った一冊でありました。
それぞれが独立した話が5話収められています。いわゆる短編集というものですね。
いずれの話も主人公は女性です。悩める女性達のお話。
人の心はここまで生々しく表現できるものだったのか。
美味しくない料理をこちらに伝えようとされている時に
「これは美味しくないですよ」なんて事を言うのではなく、
「泥のような匂いが鼻に抜けてきます、苦味とえぐみが強烈で」みたいな説明をするわけでもなく、
その“味”そのものを口内に押し込んでくるかのような。
そんな感じのダイレクトさで人の心を表現されています。すごい。
小説の登場人物だから、ではなく、きっと現実世界でも誰しもが心の底にはドロドロとしたものを抱えて生きているのでしょう。
本当は誰に見せたくないそんなドロドロとしたものがダイレクトに表現されています。
だからこそ惹き込まれる。見たくないもの、見てはいけないものほど見たくなるあの感覚のような。
読み終わった時、そうだよな、それが人間なんだよな、と深いため息をついてしまうことでしょう。
読んでいると、心の奥の触れられたくない部分を鷲掴みにされているような、
そんな感覚に陥りました。それでも読み進めてしまうのが辻村さんの力なのでしょうか。
今回初めて挑んだ辻村作品でありましたが、大変良い出会いができたと思います。
2冊目もトライしてみたいですね。辻村さんの他の著書を調べてみることにします。
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『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦
「今までの人生で読んできた本をすべて順に本棚にならべてみたい。誰かがそう書いていたのを読んだことがある。そういう気持ちが君にはあるか」
私の心に最も残ったのは樋口さんがおっしゃったこの言葉でした。
とは言っても、この一文が物語の中で大きな意味を持っているわけではありません。
ただ、私も一人の本好きとしてどうしようもなく同意してしまい、心に残る一文となったのでありました。
文体は好き嫌いが分かれる本かもしれません。
それでも私はとても楽しく最後まで読むことができました。
本棚の中の座右の書コーナーに入る一冊だと言ってしまっても過言ではないでしょう。
そこまでではないと言われる皆様も、最後まで先輩と黒髪の乙女のことを応援してしまうこと折り紙つきなのであります。
異議があるか?あればことごとく却下だ!
さて、この物語は黒髪の乙女に恋心を寄せる先輩のお話であり、
それ以上に、先輩に恋心を寄せられる黒髪の乙女のお話です。
曲者だらけの街で流れる目茶苦茶な毎日ですが、この先輩だけがただただ一貫し、
黒髪の乙女のことを想い続けるのです。 素晴らしきかなこの青春!
黒髪の乙女や周りの方々に振り回されながらも、その姿を追い続ける先輩を応援せずにはいられません。
ああ、恋心というものはかくも人を突き動かすものであったか!
特異でいて趣ある学生生活をリズミカルかつファンキーに描いております。
願わくは先輩、そして黒髪の乙女が誰もが赤面するハッピーエンドを迎えんことを!
「なむなむ!」
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『カラフル』森絵都
人間という生き物は、程度の差こそあれど誰しもが“自分自身を演じて”生きているのではないでしょうか。
自分自身でいなければならないという使命感から己を“自分自身”という型に無理やりはめ込み窮屈な思いをしている人も少なくないと思います。
自分らしくないから、という理由でやりたいことを諦め、着たい服を我慢し、目指したい夢までも捨ててしまう。
そんなことがある人もいるはずです。
もしあなたの魂が身体を抜け出し、他の人の身体に宿ったら。
身体は赤の他人なので、もう何も演じる必要はありません。
自分自身にさえも縛られない本当の自分が姿を表すかもしれません。身体は他人ですが。
やりたいことをやり、着たい服を着て、目指したい夢に向かって努力する。
身体は他人ですが、魂は自由です。
身体は自分自身だけど魂は我慢している。身体は他人だが魂は自由。
果たしてどちらがその人自身であると言えるのでしょうか。
魂だけ抜け出して他人の身体に入るなんてなかなか現実では起こりにくいことなのかもしれませんが。
この小説は抜け出した魂が他人の身体に宿るお話です。
平易な文章で書かれており読みやすい1冊。
思春期の悩める子供や親戚がいたらプレゼントしたい。悩んでなくても。
人生に息苦しさを感じた時は、一度徹底的に自分のことを客観的に見てみませんか。
客観的に見ることであなたの世界は拡がり、モノクロだった世界はカラフルに。
もしかしたらなるかもしれません。
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『ふくわらい』西加奈子
西加奈子さんの本は登場人物みんなが生きていて、人の温もりを感じます。
小説的なキャラなんですが、どこかリアルで。
そんな西加奈子さんの本です。
幼少期から独特の世界観を持つ鳴木戸定。
ふくわらいを唯一の趣味とし、父親に連れられ世界を飛び回った子供時代。
一癖も二癖もあるそんな子供時代を経て大人になった定は
自分の世界の中で不器用ながらも手を抜かずに編集者という仕事と向き合います。
愛情も友情も知らない、真面目で変わり者の定。
定が生きている、定の、定による、定のための、世界。
世界の先っちょしか知らなかった定は、
独特な世界観を持つ人々、彼らもまた世界の先っちょしか知らないのかもしれません。
そんな人々との出会いによって、世界を広く、深いものにしていきます。
そして、定は世界に恋をする。
ラストのシーン、定が世界に恋をしたからこその行動。
世界の素晴らしさを知りつつある定の、己の身体で世界を感じたいという感情の現れだと僕は思います。
当たり前のことではありますが、先っちょだけが全てではない。
しかしその一方で、先っちょが全てであり、そのものなのです。
世界を知った気になってそれらしく行動するのではなく
体感した範囲のみを自分の世界としその範囲内で全力で生きる
そんな登場人物の温かい真っ直ぐさに心打たれる先品です。
前回に引き続き今回も編集者がメインキャラの本を選んでしまいましたが全くの偶然です。
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『舟を編む』三浦しをん
辞書とは、かくも奥深いものだったとは。
新しい辞書の完成を目指す辞書編集部、そしてその周りの人々の話。
辞書を作るのって大変なんですね。
確かに言われてみたらどう考えても大変なことなんですが考えたことなかった。
主人公は辞書です。『大渡海』という名の。
出版社の辞書編集部で働く荒木は定年を前にし、
辞書完成という自分の業を引き継がせるべく、営業部から引き抜いた馬締に語ります。
「辞書は、言葉の海を渡る船だ」
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。
もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。
もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」
日本語大好き勢ならワクワクが止まらないですね。
小節の中身も終始、日本語好きの心をくすぐり、刺激します。
事実、読了後私はもっと深く日本語を知りたくなりました。
小節の内容もそうですが登場人物がとても素直。
誰しもが自分の仕事に誠実に、熱意を持って挑んでいる様子に胸を打たれる。
単なる仕事としてではなく「業」として自分の職業と向き合う、
その情熱がこの小説の芯となっています。熱血小説。
辞書が完成するまでの工程もとても興味深い。
この本を読まない限り、辞書編集部の仕事内容なんて知る由ありませんでした。
学生時代によんでいたら辞書編集部への就職を目指していたかも。
文章量の割に時間はかからず読むことができます。
それもみんなが素直だからなのではないでしょうか。
“働く”とはどういうことなのか、自分の仕事に真摯に向き合うとは、
そんな問いへのヒントとなる1冊になりそうです。
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